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<title>遊美堂が紹介するこの一作　洋画・抽象／心象／ポップアート編</title> 
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<modified>2009-11-24T16:07:02Z</modified> 
<tagline><![CDATA[「遊美堂」が紹介するアートの世界、洋画・抽象／心象／ポップアート編。]]></tagline> 
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<title>真昼の昼下がり</title> 
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<modified>2009-11-24T07:06:57Z</modified> 
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<summary type="text/plain">木村　円香
Kimura Madoka
真夏の昼下がり
F30/1998
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/4/9/49437dd6.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/4/9/49437dd6-s.jpg" width="159" height="200" border="0" alt="木村円香真昼の昼下がり" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>木村　円香<br>
Kimura Madoka<br>
真夏の昼下がり<br>
F30/1998<br>
]]> 
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<title>身体感覚を再認識させ、刺激を与えてくれる</title> 
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<modified>2009-10-29T01:21:35Z</modified> 
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<summary type="text/plain">恍惚とした表情は、男女の愛情表現の極みを意味するのだろう。幾つかの身体の輪郭が複雑に、だまし絵のように噛み合わされた構成は、男女が身体を重ねる際の意識の錯乱や跳躍を表現しているように見える。また輪郭の外側に描かれた小刻みに震える着彩は、喜びや魂の震えを表...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/b/6/b6d8d827.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/b/6/b6d8d827-s.jpg" width="160" height="220" border="0" alt="近藤昭彦人間模様" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>恍惚とした表情は、男女の愛情表現の極みを意味するのだろう。幾つかの身体の輪郭が複雑に、だまし絵のように噛み合わされた構成は、男女が身体を重ねる際の意識の錯乱や跳躍を表現しているように見える。また輪郭の外側に描かれた小刻みに震える着彩は、喜びや魂の震えを表現しているのだろう。単純化されたフォルムと巧みな構成で表現される様々な「人間関係」の形は、日常で鈍りがちな身体感覚を再認識させ、刺激を与えてくれるのである。（文　フランコ・マウリッリ）<br>
<br>
<br>
Kondo Akihiko<br>
人間模様]]> 
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<title>二次元世界で言い得るもの</title> 
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<modified>2009-09-28T10:03:09Z</modified> 
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<summary type="text/plain">人にはさまざまな「或る日」がある。繁忙な或る日、怠惰な或る日など形容すると限りない。「或る日」にも本人自身の行動に関わる能動的なものばかりでなく、受動的なものもある。坂井淑子氏は阪神大震災の起こった日の心に受けた衝撃を描いたという。ダイナミックなストロー...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/b/5/b5aaf943.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/b/5/b5aaf943-s.jpg" width="160" height="205" border="0" alt="坂井淑子ある日" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>人にはさまざまな「或る日」がある。繁忙な或る日、怠惰な或る日など形容すると限りない。「或る日」にも本人自身の行動に関わる能動的なものばかりでなく、受動的なものもある。坂井淑子氏は阪神大震災の起こった日の心に受けた衝撃を描いたという。ダイナミックなストロークは言葉で言い表すことの出来ない、地球の猛威ともいえるエネルギーが表現されている。思わず恐怖と畏敬の念にかられる。絵画の語る最たるものと言ってよいだろう。（文　持田 総章）<br>
<br>
坂井　淑子<br>
Sakai Yoshiko<br>
或る日<br>
カンヴァスに油彩・アクリル<br>
F50]]> 
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<title>饒舌に語る白と黒の世界</title> 
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<modified>2009-08-29T01:22:39Z</modified> 
<issued>2009-08-29T10:22:39+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">徹底した抽象表現で制作する坂井淑子氏の作品である。白と黒の無彩色の持つ魅力に引き寄せられた氏は、絵画において色彩という最大の武器を捨てたかのように思える。しかし、絵画作品と言うものは作家の心の投影であり、コンセプトの視覚化である。いかに色彩を使おうとも、...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/0/9/09cce007.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/0/9/09cce007-s.jpg" width="160" height="233" border="0" alt="坂井淑子微かに" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>徹底した抽象表現で制作する坂井淑子氏の作品である。白と黒の無彩色の持つ魅力に引き寄せられた氏は、絵画において色彩という最大の武器を捨てたかのように思える。しかし、絵画作品と言うものは作家の心の投影であり、コンセプトの視覚化である。いかに色彩を使おうとも、その色彩に意図や精神が籠もっていなければ、それは単なる「塗り絵」に過ぎない。この『微に』と題された作品は、白と黒が縦横無尽にキャンバスの上を往来している。そして、ランダムに思える往復運動の中には、どこか一定のリズムがある。黒から白へ、白から黒へと変移していく様相の中で、私達はどちらがこの作品の「地」で、どちらがこの作品の「図」であるか、判別が付かなくなってくるのである。白と黒の二色のみで、見る者をこれほど惹きつけている。無彩色が饒舌に、私達に語り掛けてくるのである。それは氏が筆に精神を込め、筆自信に語らせている証拠なのである。（文　フランコ・マウリッリ）<br>
<br>
坂井　淑子<br>
Yoshiko Sakai<br>
微に<br>
カンヴァスに油彩<br>
M20号	]]> 
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<title>融の意味するもの、はたして</title> 
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<modified>2009-07-30T01:16:19Z</modified> 
<issued>2009-07-30T10:16:19+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">左辺の縦に走る黒い面は中央から右辺の混沌にさえ見える小面積を強く受け支えているように見える。そうして画面を凝視していると右下方から沸き上がるように白色の面が上昇し中央で黒色と混和する。この二色のないまぜの状態が地と図の関係を曖昧なものとして観る者を困惑さ...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/e/d/edf43527.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/e/d/edf43527-s.jpg" width="160" height="194" border="0" alt="坂井淑子融" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>左辺の縦に走る黒い面は中央から右辺の混沌にさえ見える小面積を強く受け支えているように見える。そうして画面を凝視していると右下方から沸き上がるように白色の面が上昇し中央で黒色と混和する。この二色のないまぜの状態が地と図の関係を曖昧なものとして観る者を困惑させる。戸惑いにも似た視感、継続する問いかけ、認識される空間。心に投影した形象からは二色の相和による安堵めいた何かが残る。坂井淑子氏の「融」がそこにある。「融」にはとけること、とかすことの意で融解・熔融があり、融然・融和がある。「融和・融然」は心が解け合うことであり、わだかまりのないありさまを示す。いま社会に必須のこととしてあげられるのは融和である。「融和の心」の必要性については誰もが認めているにもかかわらず、軋轢が後を絶たない。そして、誰もが世界の平和を希求して止まない。氏はこの現実を絵画という視覚言語をもって観る者に訴える。（文　持田 総章）<br>
<br>
坂井　淑子<br>
Yoshiko Sakai<br>
融<br>
カンヴァスに油彩・アクリル<br>
20号	<br>
2007年制作]]> 
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<title>規則性を破る抽象性の極致</title> 
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<modified>2009-06-27T05:19:18Z</modified> 
<issued>2009-06-27T14:19:18+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">渋みのかかった赤色の所々から黒い影が覗いている。赤い皮膜が裂け、その下層に胎動している何かが、その動きを始めようとしているかのようだ。この画面は、キャンバスを超越するような大きなスケールの、ごく一部を切り取ったに過ぎない。赤の皮膜はやがては破られるのだろ...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/9/a/9a214e7d.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/9/a/9a214e7d-s.jpg?159132" width="159" height="132" border="0" alt="宮本和彦コンポジション" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>渋みのかかった赤色の所々から黒い影が覗いている。赤い皮膜が裂け、その下層に胎動している何かが、その動きを始めようとしているかのようだ。この画面は、キャンバスを超越するような大きなスケールの、ごく一部を切り取ったに過ぎない。赤の皮膜はやがては破られるのだろうか。それとも裂け目は修復され、赤一色に戻るのだろうか。想像は様々なベクトルに向かって、飛翔し、見る者を飽きさせない。「赤」という色は生命の躍動や活動を感じさせる。この赤からは宮本和彦氏の制作への情熱のほとばしり、生への執着をも感じ取る事が出来る。氏は生の証をキャンバスに塗り込めた。塗られた絵の具はそこで魂を宿し、また新たな想像という力を身に付け、このキャンバスの上で、命を与えられたのである。色は氏の手から離れた後も、その生命を保ち、この作品の中で育んでいるのである。余分なものを排除した抽象性の極みが、迫力ある画面を創っている。（文　マイケル・スタンレー）<br>
<br>
宮本　和彦<br>
Kazuhiko Miyamoto<br>
コンポジション<br>
カンヴァスに油彩<br>
F20号	<br>
2007年制作]]> 
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<title>遠大な宇宙のスケールと小さな生命の存在</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://yubido01.livedoor.biz/archives/51304533.html" />
<modified>2009-06-25T07:09:07Z</modified> 
<issued>2009-04-25T14:47:03+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yubido01.51304533</id> 
<summary type="text/plain">一匹のコアラが無心に木登りをしている。いつものように木登りをしていたら、いつの間にか宇宙空間に辿り着いていた。しかし、コアラ自身は特に気にするでもなく、淡々と登り続けている。そんな超現実的な一場面である。ここにあるのは、恐ろしい程に遠大な宇宙空間であり、...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/8/889dece7.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/8/889dece7-s.jpg?159192" width="159" height="192" border="0" alt="鈴木清見笑" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>一匹のコアラが無心に木登りをしている。いつものように木登りをしていたら、いつの間にか宇宙空間に辿り着いていた。しかし、コアラ自身は特に気にするでもなく、淡々と登り続けている。そんな超現実的な一場面である。ここにあるのは、恐ろしい程に遠大な宇宙空間であり、一方我々の胸にすっぽりと包まれる程の小さなコアラである。この絶対的なミスマッチ、そして破格のスケールの対比である。これによって我々は、日常では計ることのできない宇宙の大きさを感じることができるし、コアラという親しみある動物の確かな命を実感する事ができる。突然突きつけられたこの圧倒的な違和感、想像を超えた場面。この戸惑いや驚き、そして静かな「笑」、ユーモア。我々は、それらをそのまま抱え込んでゆけばいいのだろう。この幻想的な場面を見る事で、言葉ではない宇宙のスケール感や生命の存在を体感すればいいのだろう。（文　オーエン・ハント）<br>
<br>
鈴木　清見<br>
Kiyomi Suzuki<br>
笑<br>
20号	]]> 
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<title>高度な「境界」の表現</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:06Z</modified> 
<issued>2009-03-27T19:24:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yubido01.51296993</id> 
<summary type="text/plain">モノクロームの世界が見る者を圧倒する。白色はこれ以上白くはならないと言うほどに、白さを強調している。光が射し、目の眩むようなハイライトを作っている。逆に「凍土」の部分は色彩の判別も付かない程の漆黒の闇を作っている。このままでは、白と黒の無彩色のみの世界で...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/7/87b1e887.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/7/87b1e887-s.jpg?160237" width="160" height="237" border="0" alt="坂井淑子凍土ー光さす" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>モノクロームの世界が見る者を圧倒する。白色はこれ以上白くはならないと言うほどに、白さを強調している。光が射し、目の眩むようなハイライトを作っている。逆に「凍土」の部分は色彩の判別も付かない程の漆黒の闇を作っている。このままでは、白と黒の無彩色のみの世界である。しかし、この作品で見るべきものは、その白と黒の「境界」の部分であろう。物質はどのようなものでも境界を持ち、絵画という平面作品は言い換えれば、どの作品もこの「境界」の表現方法の差異の提示であると言える。坂井淑子氏は凍土に光が射す光景を借りて、漆黒の闇ばかりだった土に光が射し、その闇だけの世界を壊していく光の境界線を描いているのである。その描き方は輪郭を描く、という事ではない。カンヴァスを擦るように描かれた光は凍った大地を割っていくようだ。この大地は、やがては光の力によって溶けていくのだろうか。光を表す白色が闇を侵食していく過程を見ているようだ。（文　フランコ・マウリッリ）<br>
<br>
坂井　淑子<br>
Yoshiko Sakai<br>
凍土－光さす<br>
カンヴァスに油彩<br>
72.7×50.6cm<br>
]]> 
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<title>私達の思いをのせて</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:06Z</modified> 
<issued>2009-02-26T19:53:33+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">空と前景の花のピンク色が強い印象を放っている。またその色彩と呼応するようにレモンイエローの大地、ペパーミントグリーンの樹木が描かれ、画面全体は幻想的な色彩構成となっている。描かれたそれぞれの要素が力強い生命力を放ち、エネルギッシュな動きを生み出しているの...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/6/a/6a832c5e.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/6/a/6a832c5e-s.jpg?159191" width="159" height="191" border="0" alt="TAKAKOHEARTふる森" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>空と前景の花のピンク色が強い印象を放っている。またその色彩と呼応するようにレモンイエローの大地、ペパーミントグリーンの樹木が描かれ、画面全体は幻想的な色彩構成となっている。描かれたそれぞれの要素が力強い生命力を放ち、エネルギッシュな動きを生み出しているのである。空には大気の流れの一部のように、あるいは大気を巻き込むように大きな鳥の姿が描かれ、空間を非日常のものとしている。『HEARTふる森』というタイトルの下で、この鳥は我々の心と密接な繋がりを持つものとなっているのだ。我々の思いを乗せて、我々の願いを身体に巻き込んで、空へと羽ばたいているように見えるのである。言葉にならない望み、永遠に夢見る平穏で平和な世界、そのような大きな輝きに向かって飛んでゆく鳥に見える。画面から溢れ出す平和、幸福への希求は、TAKAKO氏の絵画制作の核心なのだろう。（文　フランコ・マウリッリ）<br>
<br>
TAKAKO<br>
Takako<br>
HEARTふる森<br>
カンヴァスに油彩<br>
20号	<br>
2006年制作]]> 
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<name>yubido01</name> 
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<title>規則性を破る抽象性の極致</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://yubido01.livedoor.biz/archives/51281091.html" />
<modified>2009-06-25T07:09:05Z</modified> 
<issued>2009-01-27T19:19:14+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yubido01.51281091</id> 
<summary type="text/plain">渋みのかかった赤色の所々から黒い影が覗いている。赤い皮膜が裂け、その下層に胎動している何かが、その動きを始めようとしているかのようだ。この画面は、キャンバスを超越するような大きなスケールの、ごく一部を切り取ったに過ぎない。赤の皮膜はやがては破られるのだろ...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/2/f/2f7bfa4c." target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/2/f/2f7bfa4c-s.?159133" width="159" height="133" border="0" alt="宮本和彦コンポジション" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>渋みのかかった赤色の所々から黒い影が覗いている。赤い皮膜が裂け、その下層に胎動している何かが、その動きを始めようとしているかのようだ。この画面は、キャンバスを超越するような大きなスケールの、ごく一部を切り取ったに過ぎない。赤の皮膜はやがては破られるのだろうか。それとも裂け目は修復され、赤一色に戻るのだろうか。想像は様々なベクトルに向かって、飛翔し、見る者を飽きさせない。「赤」という色は生命の躍動や活動を感じさせる。この赤からは宮本和彦氏の制作への情熱のほとばしり、生への執着をも感じ取る事が出来る。氏は生の証をキャンバスに塗り込めた。塗られた絵の具はそこで魂を宿し、また新たな想像という力を身に付け、このキャンバスの上で、命を与えられたのである。色は氏の手から離れた後も、その生命を保ち、この作品の中で育んでいるのである。余分なものを排除した抽象性の極みが、迫力ある画面を創っている。（文　マイケル・スタンレー）<br>
<br>
宮本　和彦<br>
Kazuhiko Miyamoto<br>
コンポジション<br>
カンヴァスにアクリル<br>
F20号	<br>
2007年制作]]> 
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<author>
<name>yubido01</name> 
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<title>幻想世界に舞う神の使者</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://yubido01.livedoor.biz/archives/51271489.html" />
<modified>2009-06-25T07:09:05Z</modified> 
<issued>2008-12-24T14:28:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:yubido01.51271489</id> 
<summary type="text/plain">２羽の蝶が美しく彩られた羽根を広げ、赤く染まった空を背景に絡み合っている。その羽根の模様は、この世のものとは思えない幻想的な色合いである。谷には象にまたがった人間や動物の影が見え、そして何羽かの蝶が舞っている。また右端に見える女性の手には透明の球が持たれ...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/6/5/65160e3d.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/6/5/65160e3d-s.jpg" width="160" height="149" border="0" alt="西村美代子神の谷" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>２羽の蝶が美しく彩られた羽根を広げ、赤く染まった空を背景に絡み合っている。その羽根の模様は、この世のものとは思えない幻想的な色合いである。谷には象にまたがった人間や動物の影が見え、そして何羽かの蝶が舞っている。また右端に見える女性の手には透明の球が持たれており、そこにはこれから飛び立たんとしている蝶が描かれている。『神の谷』とタイトルにあるように、女性がこの谷で、生命を生み出す象徴として描かれているようにも見える。ここでは蝶が生命を運ぶ神の使者として扱われているのだろう。その美しい使者は羽根をはためかせながら、谷を飛翔し、他の生物に生命の尊さ、生きる事それ自体が美しく楽しい事を教えているようである。鮮やかな赤色と影のコントラストを強調した画面からは、ファンタジックな世界がより強調されている。西村美代子氏独特の色彩感覚が味わい深い幻想世界を紡ぎ出している。（文　マイケル・スタンレー）<br>
<br>
西村　美代子<br>
Miyoko Nishimura<br>
神の谷<br>
カンヴァスに油彩<br>
S100号<br>
1998年制作]]> 
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<name>yubido01</name> 
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<title>人類の現状を憂い、未来に希望を託す</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:04Z</modified> 
<issued>2008-11-25T10:04:05+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">かつて人類が使う言葉は一つであった。しかし、人類が神の居る天へと到達しようと試み、それを知った神は怒り、人類の使う言葉の数を増やしてしまった。人類はお互いに同じ言葉を使う者同士しか話が出来なくなり、それは人類を多様な国々に分けると同時に、国同士の争いを引...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/0/5/056dc5f5.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/0/5/056dc5f5-s.jpg" width="160" height="200" border="0" alt="松本俊郎国連の旦那衆" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>かつて人類が使う言葉は一つであった。しかし、人類が神の居る天へと到達しようと試み、それを知った神は怒り、人類の使う言葉の数を増やしてしまった。人類はお互いに同じ言葉を使う者同士しか話が出来なくなり、それは人類を多様な国々に分けると同時に、国同士の争いを引き起こす事にもなった。これは神話での話だが、現在の地球の状況は、原因が何であろうと、その将来は決して楽観視できるものではない。自然破壊や絶え間ない紛争等、私達の未来には暗雲が立ち込めている。松本俊郎氏の作品はそのような状況に目を背ける事なく、この夥しく描かれた人物の陰鬱な表情を描く事によって、私達を日常から立ち止まらせる。文化の異なった国々の間に起こる問題を解決する為に設立された国際連合も、結局は加盟国の力関係によって、その思想や行動も決まってしまう。神と勘違いした人類の愚かな行為が今尚繰り返され、解決の術を見出せない人類の不安が見事に描かれている。（文　フランコ・マウリッリ）<br>
<br>
松本　俊郎<br>
Toshiro Matsumoto<br>
国連の旦那衆－拒否権や、核に、人権、制裁も－<br>
カンヴァスに油彩<br>
F30号	<br>
1986年制作]]> 
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<name>yubido01</name> 
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<title>常に抽象的な美意識を保持している</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:04Z</modified> 
<issued>2008-10-30T20:04:10+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">津江篤郎氏の絵画は、油彩画の味わいを存分に感じさせてくれるものである。前ページ『赤い帽子の女』でも触れたが、油絵の具の重み、粘性などといった性質を良く知り、その魅力を更に引き出すような描き方がされている。彩度の低い色彩を敢えて使うことで、絵の具の重みをよ...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/8/88573f86.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/8/8/88573f86-s.jpg" width="160" height="134" border="0" alt="津江篤郎わが町" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>津江篤郎氏の絵画は、油彩画の味わいを存分に感じさせてくれるものである。前ページ『赤い帽子の女』でも触れたが、油絵の具の重み、粘性などといった性質を良く知り、その魅力を更に引き出すような描き方がされている。彩度の低い色彩を敢えて使うことで、絵の具の重みをより強調し、他の画材では辿り着けない油絵の具ならではの表現をしているのである。風景を描きながらも、絵の具同士の混色など、色彩そのものの表情や、重ね合わせによるマチエールの状態を強く意識して、常に抽象的な美意識を高く保持している。氏の作品は、一貫してその姿勢を感じさせるものであり、それが作品の完成度を高め、氏の独自性となっているのであろう。描かれた町並は、長い歴史とそれに伴う多くの感情も含まれていることが感じられる。画面に漂うこの切なさや哀愁も、津江作品独特のものであり、大きな魅力のひとつである。（文　オーエン･ハント）<br>
<br>
津江　篤郎<br>
Tokuro Tsunoe<br>
わが町の厳原<br>
カンヴァスに油彩<br>
20号	<br>
]]> 
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<name>yubido01</name> 
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<title>色彩と形態に関する反射神経</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:03Z</modified> 
<issued>2008-09-26T10:10:55+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">「三人の女」の背後には、折り重なる色彩と線が描かれ、空間を非現実的に、幻想へと導いてゆく。色彩は背景のみでなく、三人の女の身体にも反映している。それによって身体と周囲の空気は相互に行き来する感覚となり、画面に一体感と浮遊感が生み出されているのである。ここ...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/d/8/d85ee750.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/d/8/d85ee750-s.jpg" width="160" height="138" border="0" alt="塩山朋子三人の女" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>「三人の女」の背後には、折り重なる色彩と線が描かれ、空間を非現実的に、幻想へと導いてゆく。色彩は背景のみでなく、三人の女の身体にも反映している。それによって身体と周囲の空気は相互に行き来する感覚となり、画面に一体感と浮遊感が生み出されているのである。ここには、「三人」から生み出された空間のボリュームと、色彩の響きという物理的現象のみが存在している。音はなく、言葉や感情といった具体性を感じさせずに、ひたすらに空間と色彩の現象が在るという印象である。隣り合う色彩は互いに弾けるように敏感に反応し合い、生き生きとした響きを見せている。これは正に色彩の喜び、至福の時を作り出しているといえるだろう。「即興的表現」と塩山朋子氏自身が言うように、この作品は色彩と形態に関する反射神経の集積で出来ているといえる。それよって画面は隅々まで動きを持ち、常に活動を続けているような印象を持つのである。（文　オーエン・ハント）<br>
<br>
塩山　朋子<br>
Tomoko Shioyama<br>
三人の女<br>
カンヴァスに油彩<br>
F10号	<br>
2006年制作]]> 
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<name>yubido01</name> 
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<title>真実として肯定されたカオス</title> 
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<modified>2009-06-25T07:09:02Z</modified> 
<issued>2008-08-23T14:28:35+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">バルセロナに建つアントニオ・ガウディの建築、サグラダファミリア教会と集合住宅カサ・ミラ屋上の煙突の造形がモチーフとなっている。ガウディの建築には、人間が持っている潜在的感覚を刺激する力がある。それは細胞レベルの感覚の疼きのようであり、また胎児の頃に見た風...</summary> 
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<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/c/3/c3d5dea4.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/yubido01/imgs/c/3/c3d5dea4-s.jpg" width="160" height="127" border="0" alt="植木和義回廊２" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>バルセロナに建つアントニオ・ガウディの建築、サグラダファミリア教会と集合住宅カサ・ミラ屋上の煙突の造形がモチーフとなっている。ガウディの建築には、人間が持っている潜在的感覚を刺激する力がある。それは細胞レベルの感覚の疼きのようであり、また胎児の頃に見た風景の記憶のようでもあり、また言葉にはならない「精神」や「心」というものの形態表現のようでもある。内的に向かう探究は無限の広がりを持って、いつしか大きく外へと向かう宇宙的探究と近似してくる。そんな内と外を行き来する精神的風景を、植木和義氏はガウディ建築と融合させながら描いているのだろう。数字では表現できない人間の精神の部分、科学的な暗闇、永久に解明されないであろう謎。それらは一種のカオスであるが、ネガティブなものとして描かれているのではない。当然の真実として肯定されたカオスが、ここでは描かれているように思える。（文　オーエン・ハント）<br>
<br>
植木　和義<br>
Kazuyoshi Ueki<br>
回廊II<br>
カンヴァスに油彩<br>
2005年制作]]> 
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<name>yubido01</name> 
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